ウルシのはなし

漆というと、みなさまが最初に思い浮かぶのが、高級料亭のお椀、お正月のお屠蘇セットなど、日常生活にはあまり縁のない物ばかりではないでしょうか。
また、漆の木となると、イメージ的にかぶれる!というのが最初にくるのでは。
我々の子供のころは、当たり前に山漆が自生していました。うっかりその葉に触れると赤く痒くなったものです。
漆の木は嫌われもの、そしてその工芸品はもはや我々の日常生活には縁のない物となってしまいました。
現在発見されている最古のウルシの遺物は1万年以上にさかのぼると言われています。縄文時代の草創期です。
ペンキや接着剤のなかった時代には漆はとても貴重なものでした。一本の木から採れる量はたった200ccにすぎないので、奈良時代から国が保護をして育ててきました。
江戸時代には、参勤交代の将軍様の献上品として各藩がそれぞれ独自の漆工芸を奨励して、日本全国に漆工芸品の産地が広がりました。ベトナムやタイなどでも漆は採取されますが、成分が違います。ゴムに近いものです。下塗りや、補強材としては利用できますが、蒔絵などには使えません。ウルシオールを主な成分とした漆が取れるのは地球上で現在のところ、中国、韓国、日本だけです。
漆の木は保護さえすれば、10年少々のサイクルで、ウルシが採取できるまで成長します。化石燃料のように、堀尽くしてしまえばお仕舞というものではありません。確かにプラスティックは安価で利用しやすいですが、不要となった物を始末する時に有毒ガスが出ます。それを防ぐためには大量の二酸化炭素を放出する高温焼却するしかありません。
漆は湿度で乾燥すると言われていますが、これは水分の力を借り酸素を取り込んで硬化するのです。漆の主成分はウルシオールですが、硬化する際に働くのがラッカーゼという酸化酵素です。自身の体が傷ついたときに、空気中の酸素を取り入れ、ウルシオールの固まる作用の触媒として働きます。一度固まった漆の塗膜は強固で空気中の酸素は入りこめず、結果腐食を防ぎます。また酸やアルカリにも強い性質をもっています。漆の弱点は紫外線です。でも表面の劣化した部分を取り除いてあげれば、問題ありません。健康な塗膜を研ぎだしてあげればいいのです。
このように日本人は自然界の恵みが生み出した漆を日常の生活の中、柱、床、家具、食器などに多用し、それを大事に使い続けてきました。自然界でもセミなどは、漆の葉の裏側に脚を差し込み体を固定して脱皮しています。
漆にはカビ、大腸菌などに対しての抗菌作用があります。また漆の木には多くのポリフェノールを含んでいます。漆の木の内部が黄色い色をしているはポリフェノールの成分が原因しています。今すぐ漆のお箸に変えてみたくなりませんか?
自然界が与えてくれたこの優れものの漆の研究開発が進めば、工芸品だけにとどまらず、医療、建築材など未来は明るいはずです。
今その漆の存亡の危機を迎えております。文化とは守り育てていくものだと思います。紙コップで飲むコーヒーと陶器のカップでは味が違うはずです。プラスティックのお椀と漆のお椀でもしかりです。その違いが分かることこそが文化だと思います。使い捨てではなく、貴重なものだからこそ大事に使っていくという精神文化を次の時代に引き継ぐためにも、皆さま漆を愛しましょう。